キリストこそ、偉大な「プロデューサー」である。
ヨハネ 10:3,4 🕮《門番は羊飼いには門を開き、羊はその声を聞き分ける。羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。 自分の羊をすべて連れ出すと、先頭に立って行く。羊はその声を知っているので、ついて行く。》
羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。 厳密にはこの「囲い」は「ユダヤ教」であるが、それは「保護された場所」と思われていたが、実は「囲われ、囚われた」状態にあった。 それで、広義には、何であれ(安全な場所)に囚われた状態、とりわけ、組織宗教を「囲い」と捉えることができる。
更に、連れ出される場所は、一層広い範囲に拡大サれてもいる。
ヨハネ 15:19 🕮《あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。》
「世から選び出した」
「世」とは何か 預言の、最も重大な一つの天は、この「世」を滅ぼすことである。 その「世」に主要な部分が、国家であり、いわゆる政治機構である。 「政治」に対して、クリスチャンは従順であるべきだが、積極的に関わることとは全く異なる。 なぜなら、「世」の支配者はサタンであり、その機構、もしくは体制は神に敵対しているからである。
日本語聖書で「教会」と訳されてる「エクレシア」。(ギリシャ語: ἐκκλησία)の原義について 「エクレシア」=「エク」(外へ)+「カレオ」 (呼ぶ)
「呼び出されたもの」「召し出されたもの」という意味合いを持つ。
「エクレシア」の原義 呼び出されたもの。
「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。」 「世から選び出す」 こえこそまさしく「エクレシア」である。
ところで、 「プロデュース(produce)」の語源、本来の意味するところ ラテン語の prōdūcere に由来し、prō-(前へ、前に、外へ) + dūcere(導く、連れて行く)を組み合わせた言葉。 直訳すると 「前へ導き出す」「外へ連れ出す」 という意味です。
キリストこそ、偉大な「プロデューサー」である。